古事記編  始まりの地「熊野本宮大社」「大斎原」 -No.3-

川湯温泉の朝

6月27日<6時30分> 川湯温泉宿から見える外…綺麗な朝焼けです。鳥の声と川の音で心地いい。

部屋の窓から…

朝の散歩は気持ちがいい!宿にはツバメが住み着いてて元気に飛び回っていました。

川湯温泉 「十二薬師如来」

朝の散歩はここ「十二薬師如来」さまのところを見にくるのも目的でした。

 説明看板を抜栓します。

川湯温泉 十二薬師如来の由来
この浄妙堂の祭神は、薬師瑠璃光如来という。
●川湯温泉(昔は河温泉といわれた)が発見されたのは、今から700年前、鎌倉時代である

●この堂には1枚の額がかけられている。金龍障禅山なる人が宝永元年(100年前)に病気平癒を感謝し、竹田角右衛門なるひとに依頼してその人が手彫りして奉納された。
●再建は享和元年(約180年前)本宮大工:嘉八繁浅の作とされている。
●例祭は1月12日に行われる。
十二薬事如来は江戸時代に対岸からこの地に移されたと伝えられる。如来が山に里がえりする道案内に地元の人たちがしめ縄と大根をぶら下げたのが始まり。
今では2~3週間かけて丹精込めて作られる色とりどりの「揚げ物」をぶら下げる〜省略〜

この十二薬師如来は、温泉の守護神で神経痛・内臓病気の平癒を祈願し薬湯の温泉と合わせて古くから多くの人々の進行を集めて今に至る。

川湯温泉 十二薬師如来 看板引用

なるほど…先ほど対岸へかかる橋を渡った先に、「薬師ひろば」と名前が付いていたのですが、もともと向こう側にこの薬師如来がいた名残のよう。

特にこの壁側に埋め込まれてた3体の仏像と七福神さまが気になりました。かなり優しい雰囲気をしてます。地元の人たちに大切にされている感じが強く伝わります。それぞれに手を合わせて川湯温泉へまた来れたことにお礼を言いました!

(私にとって始まりの地 熊野本宮大社と大斎原(おおゆのはら)へ

朝のチェックアウト前に車で、「熊野本宮大社」と「大斎原」へ向かいます!
川湯温泉から車で5分ほど!アクセスも抜群です

今回の「古事記の旅」のスタート、そして「まなごんルート」旅のきっかけをくれたお礼参りです。
どうしてもここに寄ってから旅を始めたかった。(詳しくはまなごんルート No.1をご覧ください^^)

熊野本宮大社の旧地「大斎原」とは

6月27日この日は大安!!事始めには抜群かも?!お礼参りとスタートを切るにはには我ながら良い日取り!!<7時20分>この壮大さ!!ここは「大斎原」の大鳥居です。この記事のTOPにも使用しています!

国道168号線沿い「熊野本宮」へ向かう途中右手に見える「ヤタガラスの石碑」です。この隣の鳥居から歩いて3分ほどで「大斎原」へ到着できます。(駐車場はこの石碑がある場所の左の方にあります!)

「大斎原」に付いてご紹介します。
「大斎原」は熊野本宮大社のかつて鎮座した旧地です。
熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にあり、
当時の規模は約1万1千坪、現在で言うと「東京ドームのグラウンド」ほどでしょうか!
きっと大きかったんだなぁと・・・

しかし明治22年(1889年)8月の大水害で「大斎原」本宮大社の社殿が流されてしまい、
唯一水害を免れた4社を移したのが、現在の「熊野本宮大社」と言うことです。
こうして今の「大斎原」では流失した中四社・下四社を祀る石造の小祠が建てられています。

鳥居を潜るとこのような道が続いてます。かつてはここに大きな川があったのでしょうか。

奥へ行くとこのような美しい林に入ります。この時点で厳かな雰囲気が伝わってきます…。
1度目にきた時は強く「ピン!」と張り詰めた何かを感じ、ここはただならぬ場所だ…と感じてた私ですが、2度目の今回は優しい雰囲気で「大きくて強く暖かい」ものを感じました。
とにかく、いわゆる「パワースポット」であることは確か…それもとんでもなく「強い」ものに感じます。(不思議です…)

ちなみに….気になる「中四社・下四社を祀る石造の小祠」の写真ですが「自分で見る用の個人撮影はOK!」と英語記載。個人でブログ紹介する分にはいいのでは…と少し悩みましたが皆さんが「大斎原」を知って、実際に見て感じていただくのが一番かなと思い、特徴だけを書きます!

石の祠は2つ並んでいて、手前に狛犬、そして彼らを囲むように木が生えていて何とも神秘的です。
広い野原のようなひらけた空間の中心に鎮座してます。跡地とは思えぬ不思議な雰囲気を感じるところです。

恐れ多くも..もしかすると「熊野本宮大社」よりもパワーが強い?!のかな?と思う厳かさ。。。
ぜひ一度足を運んで雰囲気を楽しんでください!!

「大斎原」を後にして、更に先に進むと壮大な「熊野川」が見られます。
右の写真の右側の茂みが「大斎原」が鎮座する場所です。

大斎原で、この「古事記旅」が実りある旅になるように、経験を生かして自分なりに人に感動や世の中の素晴らしさを伝えていきたい。人の為、世の中の為になるよう、貢献していきたい。

またこの国にまた生まれたいなぁ..とそう、感じてもらえるくらいに..と、多々(笑)お願いと宣言をしてきました。
まだまだ未熟な自分。手始めに始めた「ブログ」。
これが本当の意味で自分の目指すところへ行き着くのかは、わかりません。
ですが「小さく」ても少しずつ行動しようと。その経験が必ず自分の血肉となって人の為になると信じて..!

立ち去る際に、この場所に再び来れたことに感謝と、
ブログを読んでくださる方へも役立つことができますように!と伝えました。

熊野本宮大社へ!

大斎原から熊野本宮大社へは徒歩5〜7分程度

<7時40分> 熊野本宮大社へ!コロナなので狛犬さんも大きめのマスクをしてます!!
いつかは「熊野古道」を歩いて来たいなぁと感じますが、時間なくチャレンジはまた今度…

鳥居を潜ると階段が!ここを登っていきます!

ちなみに参拝する際は、神様が通る道が真ん中、私たちは行きは右側、帰りは左側(日本の車の走行とは逆ですね)で登るのが作法とされています^^
ただ、それをしないからといって神様は怒りはしないと思います(笑)

こういった慣わしも日本の人々の神様への敬いや精神、奥ゆかしさを感じます

そして登っている途中に左側にある「祓戸大神」!こちらで本殿に行く前の「禊」身を清めるお参りをします。

ヒィヒィ言いながら(笑)上に登ると…つきました!!

コロナということもあって!ありがたい疫病退散の輪くぐりが!私もくぐってきました!

改めて「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社」を合わせて「熊野三山」と呼ばれています。
この熊野三山は「よみがえりの聖地」も言われる深い信仰の地です。
それぞれの神社は「熊野速玉大社」=過去、「熊野那智大社」=現在、そして「熊野本宮大社」は「未来」を司る場所と言われています。

熊野三山は「過去・現在・未来」にご利益をもらえる!?

・熊野本宮大社=未来・来世 (未来を導く場所・来世へのご利益をいただける場所)

・熊野速玉大社=過去・前世 (過去を癒す・前世の罪を清めてくれる場所)

・熊野那智大社=現在・現世(現世の安寧・現在を救ってくれる場所)

ちなみに…少し自慢ですが…前回の参拝時にこの熊野三山を巡り全てのおみくじが「大吉」だったことが何気にかなり嬉しかったです笑

過去行った際、熊野三山で全て大吉は我ながら嬉しい!

熊野本宮大社の拝殿です。

奥に本殿がありますが撮影禁止ということで、こちらの拝殿の写真をあげさせていただきます。

熊野本宮大社の主祭神は家都美御子大神(ケツミミコノオオカミ)=スサノオとされています。
ちなみに!「スサノオ」を簡単に説明すると古事記に登場する日本の創造神「イザナギ」の息子です。
太陽神「アマテラスオオミカミ」と月神「ツクヨミノミコト」の弟であり、「海の神様」です。
しかし「クマノケツミミコノオオカミ」とは、古事記でも聞いたことのない神様の名前….。
その神様=「スサノオ」となっているのは不自
然な気がする。

これは私の考察です…!
平安時代、熊野には「熊野水軍(海賊)」と呼ばれる当時戦場で活躍した軍団が紀伊半島で活動していたそう。調べるとこの水軍を束ねたのは熊野三山の統括者!


ということで…ここで何となく見えてきました。
おそらく「海の神」にご利益を繋げたかった
、そして時代は進み「古事記」が編纂。
そこで登場する「スサノオ」と同一神とすれば由緒ある神として信仰もより一層強くなる…そんな想いがあったのではないでしょうか。

そして時代が進むにつれ「ケツミミコノオオカミ」=「スサノオ」と呼ばれるようになった。。
なんて背景があるのかな…?
何れにせよ、私はここの神様は熊野独自の神様な気がします。

ちなみに…上記の考察にも繋がるかもですが、熊野本宮大社の「お守り」に「海上安全身代わり御守」がありました!!!その時はここまで深く考えず、この「古事記旅」が安全であるように、御守りを買ってこう!と思い、御守りを見ていたところ「これ欲しいな〜!」と惹かれたのが「海上安全身代わり御守」。

その御守りが何用かというのは私は気にしないので「海上」と書いてますが、気に入ったものを購入!
確かになぜ熊野に「海上安全御守」?と疑問に感じてましたが、今となれば、そういうことか…!と歴史と繋がる部分があって面白いです。

首から下げれる御守りになってます!
購入の時に、禰宜さんが一瞬「海上安全、ですか??」
「本当にこれでいいのかい?」と言う反応でした(笑)
境内のヤタガラスさんの石碑

熊野本宮大社はまさに屈指のパワースポット。
進む道を迷った時、そして人生で何かを始める時、ここを訪れてみてはいかがでしょうか。
ヤタガラスさんが思い描く未来へと導いてくれる、そんな場所だと信じています!

熊野本宮大社 公式HP  http://www.hongutaisha.jp/

本宮を後にして空を見ると不思議な雲!なんか、良い暗示かもなぁ〜と思いながら写真をとりました!
ぬ!なんか羽を広げたヤタガラスに見えるような…気もする!?(左側が嘴で、下の縦線が足…無理やりすぎる?!笑)
なんて、とんでもないこじ付けですが!何だか嬉しかったです!いいことありそう!

古事記ルート始まり!

熊野古道弁当

私の始まりの地「熊野本宮大社」を後にして、一度チェックアウトをしに「大村屋」さんへ!
前回も注文してとってもとっても大好きになった、大村屋さんの名物!「熊野古道弁当」を予約時に注文!チェックアウトの際にお弁当をいただきました!

大村屋さんのお弁当は公式HPでも確認できます!
「大村屋 熊野古道弁当」>>http://www.oomuraya.net/food/index_bentou.html

和歌山の郷土料理である「南紀名産めはりずし」も入ってます!

これが「めはりずし」!

めはりずしとはなんぞや?ここのサイトが詳しく書かれているので、ご覧ください。
郷土料理物語>>http://kyoudo-ryouri.com/food/3306.html

しかも…お弁当とは別に朝炊いた「お赤飯」で作ったおにぎりもいただいてしまいました!
本当にありがたい限りです。もうもう…本当に感謝でしかありません。。

たくあん付きです;;
本当にありがとうございます。。

記念にお写真も撮らせていただきました!本当にありがとうございました!!

元気をもらえる女将さん!

温泉民宿 大村屋 公式HP http://www.oomuraya.net/

ぜひ和歌山の熊野へ行かれる際は大村屋さんへ一泊してみてください!
ちなみに女将さんの旦那さん曰く!座敷童が3人いる?!ようです!それくらい雰囲気の良い場所なので納得できます^^次行ったら見れるかなぁ〜。

さぁ「古事記ルート」始まりです!

お世話になった大村屋さんを後にして、朝いただいた赤飯おにぎりと沢庵をほうばりながら、まずは和歌山県 加太にある「淡嶋神社」へ向かいます。

淡嶋神社は「人形供養」で有名な日本でも珍しい神社です。なぜ古事記旅でそこへ行くのか。。
それは、日本の創造神「イザナギとイザナミ」が最初に国生みを始めた際に、不出来な子「ヒルコ」ができ、その子は船に乗せて海に流します。その「ヒルコ」が現在祀られているとされるのは神戸にある「西宮神宮」とされてますが、、、

私は、何かこの「淡嶋神社」と「ヒルコ」が関係があるのではないかと感じ、確かめに実際に行くことにしました。一説には不出来な子は「ヒルコ」と泡のような島「アハ島」と呼ばれる子2人。「淡嶋神社」はその泡のような子の方が流れ着いた…という話も聞きますが、私は「ヒルコ」の方ではないか?と感じるのです。

完全な私個人の考察となりますので、そんなどうなんさ〜?!と思いながら読んでいただければ嬉しいです!

私の考えも含めながら「淡嶋神社」を紹介していきます!!!

〜No.3〜

続きます….

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