さて..次は「えびす宮総本社 西宮神社」へ!和歌山の加太「淡嶋神宮」から高速へ乗り約1時間半!
距離にして約94km車で走行します。
まずは「西宮神宮」についてご紹介!
えびす宮総本社 西宮神社
えびす様=ヒルコだった!? 2人いる「えびす様」の謎に迫る…
<15:00>ジャーン!!ここが神戸の西宮さんです!立派な境内です^^
注意なのがここの境内に到着するのは少しだけ車の入り方が難しかった!
和歌山方面から高速に乗り「和歌山IC」から高速へ乗り、「西浜宮出口」で降りて10分ほど「阪神高速3号線」下の一般道をUターンせよとの表示!なるほど〜西宮神社は「阪神高速3号線」の脇の道からではないと駐車場に行き着かないよう…行かれる際はお気をつけてくださいね!
前置きが長くなってしまいましたが、「西宮神社」の由緒を紹介します!
西宮神社は 福の神として崇敬されている えびす様をおまつりする神社の総本社であり、古くより「漁業の神」「市場の神」「商売繁盛の神」として親しまれているそうです^^!
私も境内へ入った瞬間、「商売繁盛!」というような(笑)明るく清々しい雰囲気を感じ、エビス様なんだなあ〜と不思議と感じました。町の発展、産業の発展にご利益がありそうな雰囲気がムンムンです!なんだかこちらも明るくなります^^
待てよ…ここは「ヒルコ」=「蛭子(えびす)様」とされているのです。う〜〜〜ん、なんだかあのイザナギとイザナミが産んだ「ヒルコ」感?(私の頭の中のイメージ)よりは完全に「恵比寿さま」的な明るい雰囲気の境内….これが「蛭子」さんの正体なのでしょうか…?
そもそも「恵比寿さま」と「蛭子さま」とお二人が存在するようで…この西宮神社はえびす様でも後者の「蛭子さま」をお祀りする総本社とのこと。
うーーーーーん!どうゆうことだ!!こんがからる!!!
ヒルコ系「えびす様」総本社を散策!
なんとも清々しく明るい雰囲気です。でも入り口がこの柱のタイプは珍しいなぁ。
境内へ入って振り返ってみる。
本殿へはこのような道になってます^^
ご由緒にも平安時代に創建された「えびす様」を祀るとされてます。「ヒルコ」については言及なし..
美しい朱色の本殿です!全体的に新しい建造物が多いなと感じていましたが、調べたところ昭和20年 第二次世界大戦の時の連合国無差別空襲の戦火によって国宝本殿等が消失したそうです。昭和36年 やっと本殿が修復。それで境内が新しい状態だったんだと納得…。復興されてよかったです..
境内には様々な見所が!右の写真「えびすの森」は鯉や亀も優雅に遊んでます。ここは兵庫県指定の天然記念にもなっているそう。ちなみにこの池にいる鯉にはエサを買って与えることもできます!
また境内には、様々な地の神社もありました!公式HPで12社(末社由緒・御祭神・祭典(十二社))を確認できます>>https://nishinomiya-ebisu.com/guide/guide01.html
遠くに住んでいて行きたくても行けない人が、この末社から願掛けできる..というものでしょうか。かなり様々な神社があったので、参拝者にも嬉しい親切な神社だなぁと思いました。
中でもここ。「百太夫神社」見たことがない神社だ..ご由緒を紹介します。
人形遣い達の祖神、百太夫神を祭る境内末社。えびす様の信仰が今日のように全国に広まったのは、室町時代以降西宮の散所村(現・西宮市産所町)に住んでいた人形遣い達が、えびす様のご神徳を人形操りに託して全国を廻った事が大きな要因の一つと考えられています。
人形遣いたち、彼らの宣伝もあって「えびす様」の信仰が全国へ広まった..と書いてあります。ここは子供たちを守る神社のようです。なるほど〜淡嶋神社と小さな共通点は「人形」かなぁ….
ここまで、境内を回って感じたのはなんだろうか。「ヒルコ」や「イザナギ・イザナミ」にまつわる何か「モノ」や「お話」はご祭神が「蛭子=ヒルコ」である、ということだけで探してもそれっぽいものは見当たらず。
観光地としては見所もいっぱいでとても素敵な明るい雰囲気の神社でした!が…「ヒルコ=えびすさま」ということについては、釈然としない感覚を覚えました…。なんだろうこのモヤモヤは。
少し考えてみることにした。
そもそも、この神社の始まりはあまり、はっきりしていないとのこと。「平安時代ごろから記載がある」とされるけど…その文献上で確認できはじめた「平安時代」…それは古事記が広まりはじめた世の中。古事記編 No.4でも少し書きましたが、昔は海から流れ着く見慣れない不思議なものは「神からの有難いもの・神が宿っているもの」だとして、大切にされた…。
ここがポイントではなかろうか…?
古事記での「イザナギ・イザナミ」の国生みは平安時代よりももっともっと「古代」。もはやそれがいつかはわからぬくらいに…言えば「平安時代」であっても既に伝承・伝説です。
時代が不明であるが…西の海で漁をしていた漁師が拾った不思議なものは「神」とされ、「これはきっと「古事記」で登場する、不遇の神「ヒルコ」だ!」と、「繋げられた」ものではないか。古事記で既に知られている有名な神と繋げられても不思議ではない気がする。
では、なぜ「ヒルコ=えびす」となったのか。
恵比寿さんは「古事記」には実は一切出てきません!
ここも…時代の流れとともに「市場の神様」「漁の神」言えば、「繁栄の神」。いつしか七福神の「えびすさま」と同一神とされた……と思います。えびすさまが2人?とされているけど、やはり、元を正せば同じ神から派生したものが、地域の伝説などと掛け合わさり「蛭子さま」「恵比寿さま」、2柱いるような形になったのではないでしょうか。
そうだ!!やっぱ神様に聞いてみよう!!
はい!!!
出ました。古事記編 No.4に引き続き、狂ったように「わっかんねぇ!神様教えて〜!」です。本当に教えて欲しい、教えて欲しいよ〜〜〜くそおおおお!!!
冷静におかしい答えの求め方。わかってるけど!!「淡嶋神社」の時に試したように、勝手に「運試し」(?)おみくじです!!
私の考察、「実は「ヒルコ」が古に流れ着いて祀られた(供養された)場所は「淡嶋神社」。」
この考察が正しければ「大吉」をくださいっ!!と本気でおみくじの筒をフルフルフル………
どうだ!!!
なに!!??
だ、「大吉」だと!!!!!
出た〜!!…………信じるか信じないかは、あなた次第です…..。ちなみに、下は「淡嶋神社」で出た大吉
番号が、淡嶋神社「十番」、西宮神社が「二十番」。なんか繋がってる感が嬉しい(笑)(そうか??とツッコミが入りそうですが…)
どちらにせよ、なんだか「大吉」嬉しい…(笑)が、引っかかる一説、最近おみくじを引いて必ずと言っていいほど「勉強を怠るな!」や「怠らなければ、いずれ花ひらく」のようなことが書かれてる…。これはやっぱり本業をおろそかにしてはいけない!ということかなと思う私です。
ブログは、もちろん仕事が終わってから粛々と書いてますが、控えめに…もちろん本業第一に。まず頑張らねば、と再度認識。ブログを書くことにすら罪悪感が少し芽生えてくる…。あんまりやりすぎないように粛々とUPしていきます。のめり込みすぎないようにしなきゃ…のめり込みやすい性分なので..(そういうことかな…)
ちなみに旅後にこの事を興奮気味に妹に話すと「「大吉」って結構出るからね。」と言われました….(爆)
西宮神社まとめ
足を運んで感じたのは「明るい!」「清々しい」神社でした。さぞ神様も明るいんだろうなぁ..なんて。古事記に登場する「ヒルコ」はこの神社にお祀りされている..となっていますが、由緒以外には境内に気になるヒントっぽいものはあまり発見できず…。(モヤモヤ)
やはり一度戦火で焼けてしまったことで、痕跡が少なくなってしまったのでしょうか…。
私の妄想!!実は「友ヶ島」に「ヒルコ(子供の亡骸)」(「体」が流れ着いた)が祀られ(供養)いたのを移動し、現在の「淡嶋神社」となっている。「魂」は時を経て「良き地」を求め漁師の夢にご神託として出現。「西宮神社」に祀られた。
なんて…妄想です。う〜ん..「神託」ってところが、なんともスピリチュアル的すぎますが、でもなんだか物語ができそう。まさしくロマン!(笑)真実はわかりませんが、こうして「あーだこーだ」考えながら古代や歴史に思いを馳せて皆さんも歩いてみてはいかがでしょうか…。
神社を広めた人形遣いの人々、大切にしてきた地元の人々、そして戦火に焼かれても「この神社を後世に残したい」という人の想いによって現代に至る「奇跡」に改めて感謝です。
えびす宮本社 西宮神社 公式HP>>https://nishinomiya-ebisu.com/
<所要時間:30~40分>西宮神宮は駐車場が少しわかりにくいので注意です!境内は舗装もされ綺麗で歩きやすく見やすかったです!「発展・繁栄」の願掛けに来てみてはいかがでしょうか!
所在:〒662-0974 兵庫県西宮市社家町1-17
「オノコロ島」候補地 絵島へ!
さて!「西宮神社」を後にして、いざ「淡路島」へ!!
国生みの始まり「オノコロ島」とされる「絵島」へ行きます。
ちょうど夕方17時ごろ、夕陽が見える良い時間帯になりそう!(ワクワク)
高速で神戸→淡路島へ向かいます!距離にして約45km 車の移動時間は約1時間。
何と言っても、高速道路から見える「明石海峡大橋」!!!また見れるのが楽しみだなぁ〜なんて…。3年前、仕事の関係で関西 奈良に住んでいた時に、夫と「うず潮」をみに車でドライブしたのを思い出します。
〜No.5〜
どんな景色が見れるか!続きます〜!
<ご祭神>
第一殿(東)えびす大神(蛭児大神)
第二殿(中)アマテラス大神、大国主大神
第三殿(西)須佐之男大神
<ご由緒>(公式HPより一部引用)
昔々、漁師が漁をしていたところ網に手応えがあり喜んで引き上げると、人形のような御神像のようなものでした。魚ではないので海に戻し、再度西の方へ船を進め漁をしました。しばらくするとまた大変な手応えを感じ勇んで網を引き上げると、先ほど海に戻した御神像。「これは偶然ではない」と感じた漁師は丁寧に布にくるみ持ち帰りました。
しばらくたったある日、夢の中で「吾は蛭児の神である。日頃丁寧に祀ってもらって有り難いが、ここより西の方に良き宮地がある。宮居を建て改めて祀ってもらいたい。」とご神託がありました。それは神代の昔、伊邪那岐伊邪那美二柱の大神の子、葦船に乗せて流された蛭児の神が、平安の世に再び出現されたのです。
漁師は輿にお乗せし西の良き地へ祀り、えびす様としてこの西宮の地にお鎮まりになったのです。