始まりの場所
>>English translation(英語翻訳版はこちら)
なぜ私が、改めて古事記の場所を巡ろうと決心したか。
サブタイトル「ヤタガラス」がきっかけかもしれません。
何を言っているんだこいつww!!と思う方 正常な反応です!ちょっと長くなりますがお付き合いください。。
私は自分を活かして「世の中の為、人の為になることがしたい」ずっとそう思い続けてきました。
もちろん本業でも世の中の為に少なからず貢献していると言えばそうかも(していればいいなぁ笑)ですが、いつか「私だからできること」を通して「世の為、人の為」に何かをしたい。エゴでしかないですが、そう感じる日々でした。
私にとっての「会社」
私にとって「会社」は個性豊かな人たちと関わりながら、何かを作ったり、喜びを共有したり…学びを得れる場所です。組織だからこそ成せるもの、逆に組織だからできないこと、そういったことと向き合い成長していける場所だと感じてます。(もちろん、逆も然りです)
十人十色の意見あると思いますが、私は「何が良い」「悪い」は無く、「どんな経験も全て自身の人生を豊かにする為の財産になる」と信じてます。大切なのはその「経験」をどう使うかだと思うのです。
私が目指すのは今の仕事での人の出会いや経験を得た上で、「自分」の感性を生かし「世の中の為、人の為」を作っていきたい。じゃあ‥一体自分は「何ができるのか?」そこが最大の課題でした。
とにかく行動してみる!
自分は何者か、何ができるのか。
ただ頭で考えるだけでは、このトンネルから抜け出せない!そう思い、
今自分がすべき事、興味や好奇心が湧く場所へはいってみる、やってみる。とにかく「行動」する事を意識しました。
極端ですが、悩んだときは「あと少しの命しかないならば、何を選ぶか」を軸に「後悔しない方」を選ぶ。きっと勇気を出して行動した分、きっとそれ以上の価値があると信じ。。
熊野三山巡りの出会いと不思議な体験
がっつり仕事に疲れてきたある時「熊野大社へ行きたい」
とふと思いました。。前々から気になっていた場所です。
今しか行けない!かもしれない!と思い立って2020年1月10日。1泊2日の弾丸で和歌山へ…(その後コロナで自粛期間へ突入した事を考えると、この感覚は間違いではなかったかも..)
これが、今となっては転機でした。
1つ目のきっかけです。
欲しいスキルや経験を得るため自ら選んだ会社とはいえ、これまでの経験とは異なる環境や人で苦戦の毎日。正直自分には合っていなかったのか。何もできていない状況にも関わらず辞める事を考えました。熊野三山巡りの前日、宿の人たちといつの間にか盛り上がり、お酒も進み、仕事を辞めようか悩んでいる話をした時、「勿体無い!」と言われたことでふと目が覚めたのです。
「悩んでいるということは、まだ心残りがあるんじゃないの?」「やめるのはいつでもできる」と…言葉は素直に胸に入りました。初心を思い出したのです。私はここで学べると感じ、少しは努力して入社した。
せっかく辿り着いたのにこの「一時」の思いで辞めていいのだろうか。
自分が、心からもう辞めてもいい!と区切りがつくまで続けてみよう。そう思ったのです。
次の日は大好きな神社、それも熊野三山を巡り気分はウハウハでしたが、ふと思ったのです。
日本は素敵な文化や伝統、歴史にあふれている。
歴史を感じ歩きながら自分と語り合う。この感覚をいろんな人に共有したいなぁと。。
2つ目のきっかけは帰り途中。
「旅をする上で、その土地を知って歴史を知って、この国の素晴らしさを知る。国内外後世へこの国の伝統を繋いでいく。巡り巡ってそれが人の心を豊かにし、世の中をよくすることに繋がる」
不思議とそんな感覚で満たされて、
「文化や歴史を自分の目線で伝え、旅する楽しさを伝えたい」そうはっきり感じたのです。
私にとって旅とは、「自分と語り合い、見つめ直す機会」であると感じます。
その土地の人々と語り合い、歴史を感じ今の自分に投影すると大切なことに気づかせられます。
この感覚を少しずつでも、伝えていきたい。
今まで気づきそうで気づかなかった、道しるべは初めから自分が持っていたのだと。
インスピレーションが湧いた、まさに不思議な経験でした。
まずは自分に課せられた「すべきこと」は(仕事)行いながらでも、傍で少しずつでも世の中に「旅の本質」を発信して行くことはできるじゃないか。そして「まなごんルート」に至った…という大変長めのお話でした。
仕事は大切な学びの場で、今はすべきことを成さねばばならない修行の身です(笑)。
あくまで今は本業をメインとしつつ、疎かにならない程度にここに発信していこうと思います。
更新が遅くなることもあるかもしれませんが、ご容赦いただけますと幸いです…
ヤタガラスに導かれて・・・
熊野三山 熊野本宮大社の眷属(神様のお仕え)は八咫烏(ヤタガラス)です。
ヤタガラスは日本サッカー代表のシンボルにもなっていますが、古事記でも天皇を進むべき道へ導いた「正しい道(勝利の道)へ導く神の使者」として登場します。
完全に勝手な思い込みですが(笑)もしかするとヤタガラスさんに導いてもらったのかなと勝手に感動し、なのでTOPも熊野本宮大社の旧地「大斎原」と自作ヤタガラスさんです。(裏話)
ちなみに、熊野山三はそれぞれこう呼ばれてるそうです。
熊野三山でもらったインスピレーションを大切に、「伝統・文化・歴史」「日本の精神」を発信していこう。
そう決心し、まず何の場所から始めようかと考えた時、
日本の精神が詰まったもの、それは「古事記」ではないだだろうかとすぐに思いました。
古事記の始まりの地を実際に歩こう、そして感じたことを発信しよう、そう決心しました。
そして私なりの言葉で伝えて行こう。
出来ることからやって見よう。そう思ったのです。
その前に、私の始まりの地でもある「熊野本宮大社」へお礼を言いに行きたい!
そして旅のスタートを切りたいと感じ、まずは、和歌山へにいきます。
〜No.2〜
続きます。
・熊野本宮大社=未来・来世 (未来を導く場所・来世へのご利益をいただける場所)
・熊野速玉大社=過去・前世 (過去を癒す・前世の罪を清めてくれる場所)
・熊野那智大社=現在・現世(現世の安寧・現在を救ってくれる場所)